東京高等裁判所 昭和41年(う)1949号 判決 1966年11月21日
被告人 伊波富彦
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人田中萬一作成名義の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用し、これに対し当裁判所は次のとおり判断する。
控訴趣意第一点、事実誤認、法令の解釈適用の誤について
論旨は要するに、被告人の所持した原判示儀礼刀は装飾用に製作されたもので、刀身に刃もつけてなく刃先も潰されており、人を損傷する危険性がないことはもとより、鑑定の結果によつても普通人が手近な方法により短時間に容易に刃をつけられるものでないことが明らかであつて、昭和四〇年法律第四七号による改正前の銃砲刀剣類等所持取締法第三条第一項所定の刀剣類に該らないこと明白であるから、この点において原判決は事実を誤認し法令の解釈適用を誤つたものというのほかなく、その誤が判決に影響を及ぼすこと明らかであるから、破棄を免れないというに帰する。
しかしながら、原判決挙示の証拠によると、本件儀礼刀に刃がついていなかつたことは明らかであり、装飾用に製作されたものであることも認められるが、或程度の加工により容易に刃をつけうるものであることが肯認される以上、取締法令上の刀剣類の実質的要件としての刃物性を具備するものというに充分であつて、原判決が弁護人の主張に対する判断の欄(一)において詳記するとおりと認められる。蓋し、本件儀礼刀の刀身は一三クロームステンレス鋼で刃をつけるに足る材質であるとともに、全長約七六糎に及ぶ全部に鋭利な刃をつけるには、巷間容易に入手しうる平ヤスリ及び砥石を用いると約一四時間(刃先部分二・五糎を除く刀身全体に刃をつけるにつき、切開に要する時間約七時間三〇分、研摩に要する時間約四時間三〇分、砥石のみによる切先研摩に要する時間約二時間)を要し、普通人が利用するにさほど困難を伴わない電動式グラインダー及び砥石をもつてすれば七時間乃至八時間(前同部分切削に要する時間約一時間三〇分、他の所要時間前同)を要するというに徴し、極めて簡単とは断じ難いにしても、加工研摩によつて容易に刃をつけうるものというに妨げず、ことに切先等刀身の一部にのみ刃をつけることによつても、優に人を殺傷するに足るものとなることを考えれば、一層然るものと解されるからである。論旨は理由がない。
控訴趣意第二点、事実誤認、法令の解釈適用の誤について
所論は要するに、被告人は本件儀礼刀の如きは刀剣類に該らず、所持につき許可手続を要するものでないと思い、左様信ずるにつき相当の根拠があつたものであるから、原判決はこの違法の認識の点につき事実を誤認し法令の解釈適用を誤つたものであるというのである。
しかしながら、この点については原判決が弁護人の主張に対する判断の欄(二)において説示するとおりであつて、よしんば被告人が昭和三三年一〇月頃東京都教育庁文化課文化財係青木一美の職務機構に属さず且つ誤つた指導により、サーベルについては所持の許可手続を要しないものと思つていたとしても、昭和三九年五月初旬頃、東邦産業株式会社よりタイ国政府発注の儀礼刀入札参加のための製作注文を受け、同社化粧品課長がタイ国より持ち帰り羽田空港警察署に軍刀として仮領置されていた見本一振を受領するに際し、実はそれが刃のついていないサーベルであることを知つたが、それについても所持の許可を要することを愛宕警察署員より説明され、同月八日付で所持許可申請書を提出したものである以上、少くともその後においては、右サーベルと同様の本件儀礼刀の所持につき被告人に違法の認識がなかつたとは到底認められないのであつて、原判決には何ら所論の如き事実の誤認もしくは法令の解釈適用の誤は認められず、論旨は理由がない。
(尚、職権により調査するに、原判決が法令の適用の欄において第三七条を適用掲記したのは誤りであるが、判決に影響を及ぼすこと明らかとは認められないので破棄の理由とならない)
よつて、刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却し、主文のとおり判決する。
(裁判官 海部安昌 石渡吉夫 深谷真也)